鈴木親さんの話

わかりやすいコンセプトとも距離をとりたいという気持ちもあるんですね。
ポンと見せられて本当にすごい写真っていうのは、
コンセプトとかを超えて、
上手さの中に偶然性や時代性みたいなものを
取り込んでしまった写真だったりするわけじゃないですか。

例えばそういうものは、ヨーガン・テラーの
ファッション写真として撮影しているものの中に見受けられます。
彼の写真の上手さなんかは本当にパーマネントなものだと思うんですよ。

写真をやっている限り、そこにはすごく惹かれますね。
絵の構成をずらすだけとか。
荒木さんの本で
「でこぼこ道で三脚が傾いていてもそのまま撮る。その時の生理とかを入れるんですよ」
って書いてたのが印象的だったんですよね。
ヨーガン・テラーも水平を無視してたり、
イネズ・ヴァン・ラムズウィード&ヴィヌード・マタディンが
セッティングを無視した部分を残すのも、
そうやって写真の強みを生み出すためなんでしょうね。

写真の上手さは、絵のバランスだけじゃなく、もっと偶然に近いところにある。

スタジオボイス2009年9月号より抜粋)