お風呂にまつわるエトセトラ

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藤代冥砂の「クレーターと巨乳」を読んでいます。
電車の中で読むのは少し恥ずかしいです。
「乳と卵」なら恥ずかしくないのでしょうか。

「クレーターと巨乳」は
続く「ドライブ」に比べると荒削りで
心がキュっと掴まれる感じがあまりありません。
「ドライブ」に関する過去の記事はこちら↓
http://blogs.yahoo.co.jp/margielamarni/7497513.html

それでもところどころに光るものがあります。


人の心は理解可能な因果関係だけで成り立っているわけでない

この本を読んでそんな河合隼雄の言葉を思い出しました。



さて、この本に気になる表現があったので一部抜粋します。

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私が今までの男たちと入ってきたバスルームはベッド以外のセックスの場所の一つでしかなく、
小さいバスタブに無理矢理二人で入ったりして恋の寿命を縮めたりする場所だった。
一緒に湯船に入る前と後では、二人の関係は大きく違うと私は思っている。
初めて一緒に入る時までは、とても幸せだ。
どちらかがそろそろ出ようと立ち上がった時に、
恋は終わりに向かっていくのだというのが私の持論だ。
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僕は女の子と一緒にお風呂に入るべきではないと思っています。
秘すれば花なりと思うからです。
入りたくても入ってはいけないというのが僕の持論です。


あと奥さん。
僕が一人で鼻唄まじりでシャワーを浴びている時
唐突にドアを開けて
「何歌ってるの?」と聞くのはやめてください。
恥ずかしいです。
お願いします。